2025年11月20日(木)
世田谷東支部「第5回サロン・ひがし 秋の集い『江戸文化に触れる』」を開催いたしました。
今回のプログラムは、以下の3部構成で、朝から夕方まで堪能しました。
- 【1】紅ミュージアム訪問
- 【2】Vegan Veggie 嫦娥で薬膳ランチ
- 【3】永平寺東京別院の長谷寺探訪
サロンは、主に桜楓会世田谷東支部の活動支援者を対象に企画、実施する文化イベントです。しかし、同窓生であれば、どこの支部かに関係なく、ご参加いただいております。
支部のサロン、イベント、支部活動等の参加募集と公式レポートは、(一般社団法人)日本女子大学教育文化振興桜楓会ホームページ内の世田谷東支部ページに掲載いたします。
この支部ブログでは、公式レポートより少し深掘り情報を提供いたします。
◎ 2025年、世田谷東支部・秋のサロンの概略
【1】紅ミュージアム訪問
午前11時、新生10回から46回までの幅広い年齢層の同窓生が、港区南青山の骨董通りにある紅ミュージアムを訪れました。
紅ミュージアムは、20年前、株式会社伊勢半が開館し、運営してきました。伊勢半は、1825年(江戸時代)から紅の製造と販売を続ける化粧品メーカーです。化粧品ブランド名は、キスミー化粧品です。
紅ミュージアムでのサロン文化活動では、4つの学びと体験をしました。
- (1)まずは、1階の常設展
- ミュージアムのスタッフさんに、ご案内いただきながら、紅の製法、化粧の歴史、化粧品と世相や経済との関係などレクチャーしていただきました。→詳細
- (2)続いて、企画展
- エレベーターで地階に降り、紅ミュージアムが過去20年間に開催した企画展の振り返り展示を拝見させていただきました。→詳細
- (3)いよいよ紅の体験
- 1階に戻り、江戸時代の工法で紅花から抽出された紅を使い、我が唇を染める体験をさせていただきました。参加者は、自然由来の紅の奇跡にカルチャーショックを受けました。→詳細
- (4)最後は、紅花茶とミュージアムショップ
- ロビーにあるカフェ風の一角で、熱い紅花茶を振る舞っていただきました。紅花茶は、薬草茶として知られます。→詳細
【2】Vegan Veggie 嫦娥で薬膳ランチ
紅ミュージアムと同じ骨董通りにあるヴィーガン料理レストラン「ヴィーガンベジー・ジョウガ」に移動し、事前にお願いしておいた薬膳メニューでランチ会をしました。→詳細【3】長谷寺を散策
プログラムの最後は、紅ミュージアムから歩いて数分の、曹洞宗永平寺の別院である長谷寺を訪れました。到着後すぐ、大きさな木彫の観音様にお参りしました。その後、寺務所にお願いして、有名人のお墓参りツァーをしました。→詳細
紅ミュージアムで学ぶ江戸の化粧と文化
ここに書き記すことは、紅ミュージアムで教えていただいたことのうち、ほんの一部です。
もし、ご興味を感じたら、ぜひ、紅ミュージアムに、レクチャーをお願いしてください。
お出かけの際は、メモ帳をお持ちなることをお勧めいたします。レクチャーの録音、録画はできません。
常設展で学べること
紅の抽出方法
どうやって紅花から紅を取り出すのか。その過程を逐一書くと非常に長いので、ポイントだけ記します。
紅花の色素のほとんどは黄色で、赤色は1%しか含まれていません。そのため、幾つもの工程を経て、紅色成分を取り出します。
抽出した紅は、小さな容器に塗り付けて、出荷します。紅ミュージアムのショップには、磁器製の小さなおちょこの内側に本物の紅を塗った販売商品があります。この分量に必要な紅花の数は、千数百花とのことです。摘んだお花の量をビールケースで表すと、数箱分に相当します。途方もない数のお花です。
▲上へ男性の化粧史
古墳から出土する埴輪を観察すると、男女像とも、化粧や刺青をしていたことが確認できます。
男性の化粧は、古文書や絵画にも出てきます。たとえば平家物語には、年老いた武将が耳元の白髪を染めて出征する逸話があります。
戦国時代だけでなく江戸時代の絵画にも、化粧した男性は少なからず見受けられます。
しかし、近年、男性は化粧しなくなりました。ごく最近は、男性の化粧が復活している兆しがあります。性別にかかわらず化粧を楽しめると、いろいろな場面で話題がふくらみそうです。
化粧品容器が物語る社会の変遷
化粧品の容器もまた、時代とともに変化してきました。紅ミュージアムには、日本の紅や西洋式口紅などの化粧品の「容器」が、社会や経済の変化に押されて変遷した過程を、一目瞭然に確認できる展示が複数あります。
紅ミュージアムの展示品の中で、とりわけ目を惹く物は、マニアックと言えるレベルで作られた手工芸品の化粧品容器の数々です。惚れ惚れ眺めていますと、おのずと化粧が裕福階級の特権であった時代が脳裡に浮かんできます。
上掲の写真は、本物そっくりなアゲハ蝶の形をした蒔絵の紅の容れ物です。この写真は羽根を閉じている状態ですが、紅を使用する時は器を開きますから、羽根を広げた煌びやかな姿が現れる仕掛けになっています。鏡に映る姿まで考えて製作したのでしょう。
時代が進み、幕末の開国後、西洋の技術の流入で化粧品の製法が変わると、容器も変わります。さらに庶民にも化粧品が行き渡る時代になると、容器は装飾性を割愛して合理化されていきます。
紅ミュージアムでは、そのような時代の流れを、化粧品の容器の比較陳列から分かりやすく見ることができます。社会の変遷に呼応して変化し続けてきた化粧品の容器は、物言わず時代時代の多種多様な立場の人々の事情と社会を彷彿とさせます。化粧品界隈の「モノ」の姿は、人間史のビジュアル語り部と呼んで差し支えないでしょう。
笹紅、化粧と心
紅は、唇に塗ると様々な赤系の色になりますが、保存時は光る深緑色です。
▲上へ紅ミュージアムに展示されている江戸時代の絵の1枚に、遊女と思われる女性の唇が、紅の保存時の色、すなわち緑色になっている様子が描かれているものがあります。
これは、笹紅といわれる化粧法だそうです。
絵の中の遊女は、裕福な贔屓筋からプレゼントされた紅を、これでもか、とばかりに緑色になるまで重ね塗りして、自らの売れっ子ぶりを誇示しているのだそうです。
この笹紅化粧法は、ある時期、流行したようです。しかし、それでなくても高価な紅を、何十回も重ね塗りすることは、多くの女性のお財布事情では叶わぬ夢でした。そこで、知恵者が、唇に墨を下地として塗り、その上から紅を塗る方法を編み出したそうです。ナンチャッテ笹紅と言ったところです。思わず応援したい気持ちになります。
このお話、みんなで笑ってしまったのですが、同時に、遊女も、真似する女たちも、貢ぐ男も、なぜか裏悲しさが滲みます。華やかな化粧の根底に流れる貧しさでしょうか。
企画展
例年の企画展は、それぞれのテーマに基づく展示だったそうですが、今年は紅ミュージアム開館20周年の節目に当たるため、20年の歴史を振り返る資料が展示されていました。
これまでの企画展で披露した展示品のうち、代表的な作品を選定して陳列してありました。
とりわけ目を引いた展示品は、お香ゲームのセットです。これは、江戸時代に、伊達藩から宇和島藩に嫁入りした姫君のお道具の1つを、現代の職人が当時の技法を分析、研究して、ついに再現したものです。ため息の出る美しさと完ぺきさです。
この研ぎ澄まされた技術が消えていくことの口惜しさ。新たな時代の技術探究と両立できない現実の需要。過去の優れた技術とモノ造りの執念を見送らなければならない時、その揺れる想いは、何百年、何千年、何万年、振り返っても、日本でも、外国でも、きっと変わらないことでしょう。
唇に紅を塗る体験
日本の紅と唇の色との不思議なコラボ
1階に戻ると、いよいよ待望の紅体験です。おちょこの内側に塗られた紅の端を、水に濡らした筆で、ほんの少し溶かします。緑色をしていた紅が、水に溶かされた部分だけ紅色に戻ります。
▲上へこの紅色を唇に塗るのですが、唇の色は、この紅色とは違う色になります。どのような色になるかは、それぞれの唇の地色によって異なります。ですから、10人10色です。 紅が塗られた唇の色は、その人の肌と調和した色になります。西洋式の化粧品しか知らない現代の日本人にとって、紅と肌との調和が織りなす、世界でたった1つの色は、思わず自惚れ世界に浸るほどの色的カルチャーショックでした。
紅の悩ましい課題
日本の紅は、口紅の色出は、理想的と言えそうです。しかし、課題もあります。
水溶性なので、飲食時は食べ方や飲み方に、細心の注意を払わないと、唇の中央部分だけ色が消えて、元の唇の色に戻ってしまうのです。これは、かなり不思議な目立ち方になります。
伊勢半さんのブランドは、キスミーです。日本の紅は、キスしたくなるような唇の色を演出できます。ですが、実際にキスされては、実は困る事情があるわけです。
もう1つの課題は、生産コストです。材料として大量のベニバナが必要なこと、抽出工程が多く人手間がかかること、から価格を下げることは極めて困難です。
▲上へ七五三の記念に
しかし、高価であっても、日本の紅は、七五三のプレゼントに良いかもしれません。小さい女の子の濁りない瞳を思い浮かべますと、目尻の紅は、洋式現代製法の赤より、日本の伝統の紅の方が、透明感のある鮮やかさがあるので、可愛らしさを品よく引き立てるでしょう。
高級工芸品の器は、飾れば美しく、保存には場所を要しません。子どもの無事な成長を祈り祝った懐古の標として、末長く保持するのに適しています。
紅花茶
紅ミュージアムは、面積的には大きくありませんが、展示物とレクチャーの密度がたいへん濃いので、参加者は、少し頭と心の疲れを覚えました。その頃合いで、スタッフさんが、熱い紅花茶を振る舞ってくださいました。紅花茶は、色も美しく、香りも薬草らしく、疲労感が消え、気分が癒されました。
この一休みのおかげで、参加者は英気が養われたのか、次々と椅子から立ち上がってミュージアムショップ見物を始めました。
紅は、それ自体が高級品ですが、容器も品格を合わせて高級工芸品であるため、気軽に買える価格ではありません。しかし、紅花茶は、お土産に手頃な価格でした。結局、ほとんどの参加者が紅花茶を買いました。
ティーバッグは税込1,188円、紅花茶は税込1,404円でした。
こうして文化密度の高い時間を久しぶりに体験させていただき、日本はすごい!という感動を魂のお土産にして、紅ミュージアムにお暇を告げました。
ヴィーガンベジー・ジョウガで薬膳ランチ
ヴィーガンベジー・ジョウガのメニューは、肉、魚、卵、乳製品といった動物由来の食材を全く使わない、正真正銘のヴィーガン料理です。メニューは、薬膳料理もありますが、ヴィーガン的な工夫を凝らした普通のお料理の方が多いです。中国は広いので、地域によって食材やお料理が異なるそうですが、このお店は、上海辺りの家庭的なお料理がベースにあるようです。
薬膳料理は、中国の医食同源思想を根底に、1980年頃、北京に提唱者が現れたと言われます。日本でも、同じ考え方に基づく献立や食生活は、さらに以前から存在したと記憶しています。おそらく、健康オタクの家康公や、江戸時代に中国から伝えられた黄檗宗の普茶料理の影響などが庶民に普及したのでしょう。
この日いただいた薬膳料理のうち、写真のエビは、まさに普茶料理の海老もどきでした。参加者が「エビの香りを付けたら間違えそう」と言うほど上手に似せてありました。
ランチの最後は朝鮮人参の香る薬膳茶。ゆっくりお茶を楽しみながら尽きぬ話に沸いていた時、同窓のお一人が表敬訪問にいらしてくださいました。近所の着物学院の校長先生で、いつも身だしなみ抜群なので、一気に場の雰囲気がランクアップしました。(お立ち寄りくださって、ありがとうございました。)
長谷寺探訪
長谷寺は、座禅のお寺として知られますが、大きな木彫の観音像でも有名だそうです。
筆者は、坐禅入門を目指して半年余り長谷寺に通わせていただいた経験がありますが、当時は時間と心の余裕がなかったようで、観音様のご存在に気づくことなく、猪突猛進に観音堂の前を通り過ぎておりました。
木彫観音像のご尊顔
観音堂の引き戸をそっと開けて入室しますと、芳しい香に包まれます。見上げると、優しいお顔の観音様が立っておられます。観音様は、民を慈悲で救う仏様と言われます。木彫であることが、仏様の御心の温かみまで伝えているように感じられました。
ところで、どこでも観音様は女性に見えますが、果たして性別はどうなのでしょう。性別という概念は、仏様にはないのでしょうか。LGBTQですか。参加者は、このような会話を交わしつつ、祈りを捧げました。いかにも我が校の同窓生らしい会話だったと思いす。
思考を整理しますと、観音様のテーマが慈悲であるなら、性別を取り沙汰する必要はないでしょう。ついつい枝葉末節に気を取られて、肝心なことを見落とすのが、私たち衆生の特性です。
有名人のお墓参り
長谷寺には有名人の墓所が多くあるので、有名人のお墓参りをすることになりました。たまたまサロン参加者のご親族の菩提寺であったことから、僧侶様に案内をお願いしていただきました。長谷寺の墓地は、道付きが複雑なため、案内なしでは迷子になりそうです。 坂本九さん、エノケンさん、阿久悠さん、黒田清輝さんのお墓にお参りさせていただきました。家族墓の一員となった故人もあれば、個人墓を建立された方、その両方など、有名人のお墓は多様でした。
神道のお墓
黒田清輝さんのお墓は、神道スタイルでした。 参加者全員、神道のお墓を見るのは初めてでした。そのため、それがお墓であることを、すぐには理解できず、「このオブジェは何でしょう?」とお互いに質問し合っておりました。ご案内くださった僧侶様が、「聞くところによると神道のお墓のようです」と教えてくださいました。
お墓の写真を撮るのは憚られたので、写真はありません。今になると、撮影しておけばよかった、という後悔もあります。
形を言葉だけで説明することは難しいですが、あえて試みるなら、お米を炊く窯の天地を逆転させたような形状です。
炊飯窯は、数十年前までは、日本の多くの家庭にもありましたので、年配者には珍しくありません。現在、炊飯窯を見られる場所は、民家園など昔の日本の民家を展示している見学施設の、台所または土間に展示されていると思います。
神道のお墓は、この炊飯釜の天地を逆転させたような形状と書きましたが、サイズは、炊飯釜と比べると巨大です。黒田清輝さんのお墓は、1基あたり、横幅2メートル近く、高さ2.5メートルくらいだと思います。
これが2基あり、1基は黒田清輝さん、もう1基は養父殿の塚でした。
他に、「黒田家奥津城」と書かれた普通のお墓もありました。「おくつき」と読むそうです。
無知をさらけ出したお墓参りでしたが、お墓は文化を語る重要アイテムだということ学ばせていただきました。
2025秋のサロンの感想
謝辞
いつもイベントのアイデアが豊富な前支部長が、今年の7月に退任して、サロン担当部長となってから、初めてのサロン企画でした。ご当人は、肋骨骨折の療養中でしたが、新しい執行部が「おうちで療養してらしてください」とお願いするのを跳ね除けて、朝一番でイベント会場に到着し、先頭指揮を執っておられました。
おかげで今回も、紅ミュージアムで興味深い勉強をさせていただき、ヴィーガンベジー・ジョウガはワイワイガヤガヤ楽しいランチ会になりました。さすがに気温の下がった第3部は参加辞退されましたが、後日あらためて手土産を持参して紅ミュージアムにお礼に上がったそうです。
サロン担当部長様に、衷心よりお礼申し上げます。同時に、次回の支部イベントまでに、ご体調が完全に回復されますよう、お祈り申し上げます。
今後の課題は情報伝達手段
同窓会イベントは、実施すれば、参加者に楽しんでいただけますので、やり甲斐はあります。しかし1つだけ障害があります。それは連絡手段です。
支部の全員に封書を郵送しますと、1回だけで支部の1年分の予算を使い果たしてしまいます。理由は、支部活動支援費を納めてくださる方は、全体の約14%だからです。
DX可能なグループであれば、連絡費用はゼロ円でも可能な時代ですが、DX苦手な人々は、その恩恵にあずかれません。この問題は、同窓会だけでなく、日本全体が抱える情報スキル格差問題です。果たして同窓会活動として貢献できることはあるでしょうか。









0 件のコメント:
コメントを投稿